近年、企業のサイバーセキュリティ対策において、サードパーティリスク管理の重要性が急速に高まっています。サードパーティとは、企業が商品やサービスを提供するために業務上の契約関係を持つ外部組織のことを指します。具体的には、サプライヤー、製造委託先、物流業者、販売代理店、ITベンダーなど、企業のバリューチェーンや業務遂行に関わる様々な事業者が含まれます。

デジタル化やグローバル化の進展に伴い、企業活動におけるサードパーティの重要性は増大しています。しかし、その一方で、サードパーティを経由したサイバー攻撃や情報漏洩のリスクも高まっています。2023年に国内法人が公表したランサムウェア被害は70件と過去5年で最多となり、その攻撃経路も年々拡大しています。
このような状況下で、企業は自社のセキュリティ対策だけでなく、サードパーティのセキュリティ対策にも目を向ける必要が出てきました。

サードパーティリスク管理とは?

サードパーティリスク管理(TPRM)とは、企業が取引先や委託先などの外部組織(サードパーティ)との関係から生じる潜在的なリスクを特定し、評価し、管理するプロセスです。サイバーセキュリティの観点からは、情報漏洩、システム障害、サプライチェーン攻撃などのリスクが特に重要です。

サードパーティリスクの種類と影響

サードパーティリスクには様々な種類がありますが、サイバーセキュリティの観点から特に注意すべきリスクとしては以下のようなものが挙げられます。

  1. 情報セキュリティリスク
    外部からのサイバー攻撃によるサードパーティのシステム障害が自社の生産ラインを停止させたり、サードパーティの従業員による営業秘密の情報漏洩が発生したりするリスク。
  2. 知的財産リスク
    製造委託先による知的財産の侵害行為や、販売代理店による商号の侵害が起こるリスク。
  3. 製品・サービス品質リスク
    サプライヤーや製造委託先における商品製造上の品質不備・不正、サイレントチェンジ(無断での仕様変更)などが発生するリスク。

これらのリスクが顕在化すると、企業は深刻な影響を受ける可能性があります。例えば、機密情報の漏洩や個人情報の流出が発生した場合、企業の信頼性や信用性が損なわれ、業績や株価にも影響を及ぼす可能性があります。
また、ホームページの改ざんやシステムの停止が発生した場合、企業のビジネス活動に深刻な影響を与えることがあります。オンラインショップの場合、サイトが停止してしまうと顧客からの注文を受け付けることができなくなり、大きな損失につながる可能性もあります。

サードパーティリスク管理(TPRM)の重要性

このような状況を背景に、サードパーティリスク管理(Third-party Risk Management: TPRM)の重要性が高まっています。TPRMとは、サードパーティに起因するリスクを特定し、評価・監視・管理するプロセスのことを指します。
TPRMの重要性は以下の点にあります。

  1. リスクの可視化
    サードパーティとの関係性やそれに伴うリスクを明確にすることで、潜在的な脅威を事前に把握できます。
  2. コンプライアンスの確保
    規制当局や顧客からの要求に対応し、法令順守を確実にします。
  3. レピュテーションの保護
    サードパーティに起因する問題が自社の評判に影響を与えることを防ぎます。
  4. 事業継続性の確保
    サードパーティの問題が自社の事業に与える影響を最小限に抑えます。
  5. コスト削減
    リスクを事前に特定し対処することで、将来的な損失を防ぐことができます。

TPRMの実践ステップ

効果的なTPRMを実践するためには、以下のようなステップを踏むことが重要です1

  1. サードパーティの特定と分類
    まず、自社と関係のあるすべてのサードパーティを洗い出し、その重要度や関係性に基づいて分類します。この段階で、どのサードパーティが自社にとって重要で、どのようなリスクをもたらす可能性があるかを把握します。
  2. リスクの可視化
    特定したサードパーティに対して、セキュリティポリシーや法規の対応状況、セキュリティ対策の導入・履行状況、実際のサイバー攻撃を想定した攻撃可能箇所の特定などのリスクアセスメントを行います。重要なのは、単に技術的な対策状況を見るだけでなく、組織としてのセキュリティマネジメント体制が確立しているか、それが文書規則として明文化され、正しく運用されているかをチェックすることです。
  3. リスク低減のための対策実施
    アセスメントで明らかになったセキュリティリスクに対して、優先度をつけて対応していきます。対策の指針としては、米国標準技術研究所(NIST)が公開しているサイバーセキュリティフレームワークや、ISO27001などを参考にすることができます。ただし、セキュリティ対策はコストを伴うため、優先度や緊急性を考慮しながら実行することが重要です。
  4. 継続的なモニタリングと改善
    サードパーティのセキュリティリスクは外部情勢によって常に変化します。そのため、サードパーティの増加やセキュリティ動向などを常にモニターし、継続してリスク管理を行うことが必要です。

TPRMの課題と対策

TPRMを実践する上では、いくつかの課題があります。

  1. セキュリティ統制の難しさ

    直接資本関係にないサプライヤーや、海外拠点・子会社、ジョイントベンチャー等に対する施策・製品導入の統制は非常に困難です。特に、対策に予算を割く余裕のない中小企業などが、攻撃者につけ込まれる弱点となる可能性があります。

    対策

    契約条項にセキュリティ要件を盛り込むことや、定期的な監査の実施、セキュリティ対策の支援プログラムの提供などが考えられます。

    契約条項にセキュリティ要件を盛り込むことや、定期的な監査の実施、セキュリティ対策の支援プログラムの提供などが考えられます。

  2. リスク評価の複雑さ

    サードパーティの数が多く、また業種や規模も様々である場合、一律の基準でリスク評価を行うことが難しくなります。

    対策

    リスクベースのアプローチを採用し、サードパーティの重要度や取り扱う情報の機密性に応じて評価基準を変えることが有効です。

  3. 継続的なモニタリングの負担

    サードパーティの状況は常に変化するため、継続的なモニタリングが必要ですが、これには多大な労力とコストがかかります。

    対策

    自動化ツールの導入や、サードパーティ自身による自己評価の仕組みを取り入れることで、効率的なモニタリングが可能になります。

今後の展望

サードパーティのサイバーセキュリティリスク管理は、今後ますます重要性を増していくと考えられます。特に以下の点に注目が集まっています。

  1. AIとビッグデータの活用

    サードパーティのリスク評価や継続的なモニタリングにAIとビッグデータ分析を活用することで、より効率的で精度の高いリスク管理が可能になると期待されています。

  2. サプライチェーン全体のセキュリティ強化

    単一のサードパーティだけでなく、サプライチェーン全体のセキュリティを強化する取り組みが重要になっています。これには、業界全体での標準化や、ブロックチェーン技術の活用などが検討されています。

  3. レジリエンスの向上

    サイバー攻撃は完全に防ぐことが難しいため、攻撃を受けた際の迅速な復旧や事業継続能力(レジリエンス)の向上が重要視されています。サードパーティを含めた訓練や、インシデント対応計画の策定が求められています。

  4. 規制対応の強化

    個人情報保護法やGDPRなど、データ保護に関する規制が世界的に強化される中、サードパーティのコンプライアンス対応も重要な課題となっています。

まとめ

結論として、サードパーティのサイバーセキュリティリスク管理は、現代のビジネス環境において避けて通れない重要な課題となっています。企業は自社のセキュリティだけでなく、取引先や委託先を含めた包括的なセキュリティ対策を講じることが求められています。これは単なるリスク管理にとどまらず、企業の競争力や信頼性を高める重要な経営戦略の一つとなっているのです。

サードパーティリスク管理は複雑で継続的な取り組みが必要ですが、適切に実施することで、企業は自社の資産を守り、顧客からの信頼を維持し、持続可能な成長を実現することができます。今後、テクノロジーの進化や規制環境の変化に応じて、TPRMの手法も進化していくことでしょう。企業はこれらの変化に柔軟に対応しながら、常に最適なリスク管理戦略を追求していく必要があります。